199000番・紅愛さまへ
『春雪麗人』



凍る空気。
窓を伝っていく冷気の所為で画面は白く濁り、室内と外の温度差がどれほどあるかを語っている。
せめて寒いのなら、雪ぐらい降ってくれてもいいと思う。
そうそれぐらいサービスしてくれてもいいじゃない?

…と神様に恨みごと言って、天井を睨みつけていても仕方がないのは判っています。
私が風邪を引いたのは私自身の責任だし…。

そう、私――は風邪を引いた。
精霊力を高めることを繰り返す日常、ムリして休まず続けて…。
気づいたら、バタン。
本当に情けないです。

…勿体無いことに今日は休日。
予定では今日はユキトさんと一緒に過ごすつもりだったのだけど…。
チイさんにムリを言って、ユキトさんへの伝言を頼み、私はそのままベッドへ。

…本当に勿体無い。

というか、勇気を出した結果がこれですか…。


ユキトさんと会話するのは、少し苦手だった。
同じくクリスさんもつかみ所がない気がするけど…。
それでも少しは会話が弾むわけで…。

でも、ユキトさんは違う。
呼び止めるのも、声をかけることすら、躊躇ってしまう。
それぐらい独特の雰囲気を持っている人だ。
だから、休日を一緒に過ごしてくださいって口にするのは物凄く緊張を強いられた。

「なのに…」
深い溜息が口から漏れて、その熱がかなり高いことを思い知らされる。

頭がくらくらしてきた。
それと同時に嫌味たらしく、雪が降る。
もしかしたら、熱の所為で見ている幻想かもしれないけど…。
だけど、綺麗だった。
私が触れれば、きっとすぐに溶けてしまうんだろう。
だから触れてはいけない。
綺麗な造形をずっと見ていたいから。

「ユキトさんみたい…」

「はぁ?…何がですか?」
「?!」
びくんっと目を見開いた。
な、なななななな、なんですと?!
「…金魚の酸欠ですか?」
「そっ、そんな…芸、ありませんっ!!」
誰が高熱出してベッドに潜り込んでいるのに、金魚が酸欠になって口をパクパクさせているモノマネなんてするかっ!!
私が今度は睨みつけると、目の前に現れた(っていうかいつの間に部屋に入ってきたのかわからないけれど)綺麗な男性は小さく笑った。
「…凄みはないですね」
小さく肩を震わせるたびに、彼の頭についている髪飾りが微かに音を鳴らして揺れた。
「…ユキトさんは…どうしてここへ…」
咳き込みながら紡ぐと、ユキトさんは微笑する。
それは優しいようで、どこか冷たい笑み。
いつもの…少し皮肉を含んだような表情だった。
「わざわざ、折角。時間を空けていたんですが、予約人が勝手に、予定をキャンセルしたんですよねぇ」
「…あぁ、文句を言いにきたんですか…」
言ってて悲しくなってきた。
そりゃあ変な期待はしていないけど。
ほ、ほら!
見舞いとか…。そういう意味で来てくれたんだと、思ってしまったから…。
…勝手な勘違いだったみたい。
「何言ってるですか。そんな暇人なわけないでしょう?」
「え」
ピト…。
信じられないことに、ユキトさんの整った端正な顔が私の5cm向こうにある。
ううん、額同士がくっついて。
鼻の先が少し当たっている…。
「…あ、熱が上がってきた」
ユキトさんはその至近距離で今まで見たことのない可愛らしい表情で笑った。
なっ、なんですか?!
なんなんですか?!なんの新手の嫌がらせですか?!
っていうか、え、一体誰の変装ですか!!
むしろ、カメラありますよね?!後、びっくりどっきりとか書いた看板とか!!

「…溶けないでしょう?」

激しく動揺している私に対して、少しだけ眉を寄せて…切なそうにユキトさんが笑う。
こんな表情も見たことがない。
あぁ…。
やっぱり、夢を見ているのか、それとも熱の産物か…。

「僕は…触れても、溶けませんよ」

冷たい手が、そっと頬に触れて。
…そして、そのまま唇が私の唇に触れた気がした。
でも、その時には私の意識は朦朧としていて。
ユキトさんが触れた感触ですら、曖昧なものとなっていたのだった…。




――後日。
ユキトさんが風邪を引いたという話を聞いて、私は慌てて彼の部屋に向かった。
私が寝込んでいたあの日、ユキトさんが本当に部屋に来てくれていたんじゃないかと思って。
今度は私がお見舞いをしなくてはと、そう想って…。

「あぁ…。やっぱり」
部屋に入りなり、ユキトさんは開口一番そう言った。
意外と元気そうに見えるけど、結構辛そうなのは顔色で判る。
「大丈夫ですか?」
「馬鹿ですか?動けない人間に向かって。大丈夫かそうじゃないかくらい、見たら判るでしょう?」
相変わらず手厳しい口調でそういいながらも、ユキトさんは自分の額に手を置く。
「というか、腹立たしいですね。誰かの所為だから」
「えぇ?!」
「…あ。キスしてください、姫君」
「はぁ?!」
連続で素っ頓狂な声を上げた。
いや、正しい反応だと思う。
「…だって、この間はそうしたじゃないですか」

…え、じゃあ、やっぱり…夢じゃ…。

「そして、今度は姫君が風邪を引くと。…ふふ、一生続きそうですが…、いいかもしれませんよね?」

不敵な冷笑を浮かべながら、ユキトさんは立ち尽くす私に手を伸ばしてきた。
そっと服を掴んで、強引に自分のベッドに引き寄せる。

「…なんて。冗談ですよ」

耳元で囁かれた言葉は、熱を含んだ毒の呪文。

この後、真っ赤になってユキトさんの部屋を飛び出したのは…言わずもがな。


199000番リクエストでしたー。
紅愛さん、ありがとうございました!(敬礼)
お相手はユキト氏で。風邪・看病・後日からかわれる…。

…んー。いかがだったでしょう?
ゆっきー(ユキト)は自分でも結構好きなんですが(笑)
えぇ、面白かったです。
ですが、萌えれるかは謎です。はい。
こんなものでよろしければどうぞー。紅愛さんのみ、お持ち帰りOKですよ?