フェンリル・ストーリー人気投票1位特典
『刹那、奪われて』




イクスの耳に、表ギルドマスターK2の噂話が入ってきたのは、その日の夕方だった。

「あいつが特に目をかけている冒険者だと?」

馬鹿っぽい笑顔のK2を思い出すと、イクスは鼻で笑う。
それから、少々困り顔のジョルジュにもう一度視線を送った。

「何者だ、そいつは」

淡い紫色の髪を見つめながら、ジョルジュは仕方がなく肩を竦める。
この闇ギルドマスターに逆らってはいけない。
ジョルジュは知っているのだ。

「最近、この街にやってきたエルフのお嬢さんらしいですよ」

途中で溜息が混じってしまった事実に、ジョルジュは少し焦りながら、瞬きをしているイクスの様子を伺った。
簡単なことで機嫌を損ねてしまう彼に合わせるのは大変である。

「……へぇ、エルフの女、ねぇ」

ジョルジュは胸を撫で下ろした。
不適に笑ったイクスの耳には、先ほどの溜息は届いていなかったようだ。

「面白そうじゃん」

だがそう口にしたイクスの表情に、ジョルジュは先刻とは比べようのないぐらいの大きな溜息を吐き出すのだった。






……イクスの朝は遅い。

だが、今日だけは違った。
イクスは早朝から目覚めると、無理矢理体を動かして顔を洗う。
冷水の感触が、彼の白い肌を刺激し、脳に伝達する。

「……くそっ」

何かに腹立たしさを感じながら、イクスは乱暴に顔を拭き終わったタオルを床に投げ捨てた。
元々、低血圧な彼にとって朝は天敵だった。
だからか、余計イライラが募っていく。

「……覚えとけよ、K2っ」

理不尽な怒りをK2にぶつけながら、イクスは服を着替え、外出するのだった。


日差しは鬱陶しいぐらいにイクスを襲う。
賑わう大通りは、イクスには信じられないぐらいの人で賑わっていた。
(こんな朝から、ご苦労なこった……)
今日に限っては、自分も朝から行動しているのだが、それを棚に上げて、彼は周囲の人間を侮蔑した。

その時、イクスのお目当ての建物が視界に入り、彼はじっとその扉を睨む。
すると、中から見たことのない白い肌の女が出てきた。

「K2、モナ!行ってきますー!」

クールな見た目とは違い、そう建物の中に声をかけた女の声は温かさに満ちている。
水色の髪が光を反射し、ふわりとゆれる。
気丈な瞳は、空を眺め、やがて鋭いイクスの視線に気づいたのか彼を見た。

イクスの呼吸は一瞬、そこで止まった。

視線が絡み合った、ほんの僅かな一瞬……

たった数秒の出来事。

イクスは彼女を、美しいと思ってしまった。

思うこととは正反対の嫌味しか言葉に出来ない。
振り切ったメーターは、クラッシュしている。
高鳴りすぎた、イクスの心臓はどこかに零れ落ちてしまったのかもしれない。







(……なんで)


頭が真っ白になり、もう何も考えられなかった。

を見ると、俺は……なんで)

いつもの闇ギルド。

金儲けのために始めた、ただの遊び。

表ギルドのK2で遊ぶ為の、道具……。


その道具に、イクスは戸惑う。

ただ、彼は彼女を利用しようとしていただけなのに。

いつの間にか、彼女のことしか考えられなくなって。

闇ギルドの扉が開くたびに、イクスは期待するのだ。


「よぉ、……待ってたぜ?」

不器用な優しさ。
壊れそうな愛し方。

それしか出来なくて。

彼はもどかしさと共に、今日もをからかう。






……いつか、素直になれる瞬間まで。


夢小説になってないかもしれませんが(ホロリ)
イクス氏側視点ってことで。

しかし、クローヴァを抜くとは思いませんでしたー。
頑張って名、イクス氏!