キリリクドリーム小説・53000番・さゆら様へ
『色褪せないティアラ』



「さて、そろそろ休憩にするかな…」

神聖ギリア王国国王ディースは長い溜息を吐き出すと、人目を気にするようにそっと自室を出た。
長い大理石の廊下を見回し、誰もいないことを確認する。
特に、これから休憩する事がばれてはいけない人間が一人存在した。
大臣のアオイ。
彼には姿を絶対に見つけられてはいけない。
自分の今の立場を思い返してみながら、ディースは苦笑して廊下を忍び足で歩いた。


気を張りすぎていたせいか、大きな城の中庭に出ると、はぁっと大きく息を吐き出す。
城の中庭には様々な花々が咲き乱れていた。
腕のいい庭師を雇った甲斐だけあって、その姿はディースの心に一時の安らぎを与える。
「だーれだ♪」
ディースは言葉を失った。
突然、自分の視界を両手で後ろから塞がれたのだ。
「…はぁ」
ディースは楽しそうな音色に呆れた息を漏らすと、そっと自分に暗闇を与えている手の持ち主の手首を掴む。
「…、人の心臓に悪い行為をしない」
「やっぱり、アオイくんに内緒で抜け出してきたんだ!」
ディースの言葉を聞いても、は明るい音質のまま笑った。
「人聞きの悪い事をいわないように。俺は息抜きに来たんだ」
「じゃあ、どうしてこそこそしてるの?」
少しだけ上目遣いでは口元に笑みを浮かべる。
兄を苛めようとしているのか、その表情は小さい子供がとっておきの悪戯を仕掛けたようなそんな表情だった。
どこまでも無邪気で悪意のない表情。

「…ふぅ、は変わらないな」
ディースは口元に柔らかい笑みを浮かべながら、の頭を軽くぽんぽんっと叩いた。
そして、優しく綺麗な長い髪を撫でてくれる。
「…それをいうなら、お兄ちゃんも変わらないわ」
は少しだけ不服そうに頬を膨らませた。
「…何が?」
自分がどこも変わっていないという彼女の言葉が意外だった。
たくさんの人の死を見てきて、そうして抗う事の出来ない意識のままいつの間にか何年もの時を虚しく生きた自分。
たしかに変わっていないかもしれない。
だけど、今の自分がの中で止まった義兄の存在と一緒だというのだろうか。
「こうやって私は成長して、昔よりもずっとずっとお兄ちゃんの顔を近くで見れるぐらいになったのに。
…私への態度は同じよ。子供みたいにあしらわれたっていうか、なんか…やっぱり悔しい」
(あぁ…)
ディースは息を漏らした。
目を細めて、太陽を直視するかのように眩しそうに目の前にいるを眺める。
「前言撤回だな…、すまない」
ディースは本人すら気づかないぐらいの穏やかで優しい微笑みを浮かべた。
「…ディースお兄ちゃん…?」
はその義兄の笑顔に戸惑いながら、頬をほんのり赤く染める。
それが健康的で、酷く魅惑的なものだった。
「お前は変わったよ。…とても綺麗になったな」
綺麗な笑顔。
ディースは穏やかな口調で続けると、近くに咲いていた可憐な花を一輪頂戴して、の髪にそっと髪飾りのように捧げた。
「…いつまでも俺の後を追ってきていたではないか…。こんなにも魅力的な女性に成長してしまったんだな」
呟きにも似た台詞。
「お兄ちゃん、急に…何…」
は言葉が見つからないみたいで、呆然と目の前の義兄を見つめる。
優しい微笑みは記憶の中の義兄の面影と全く変わらない。
長い間離れていたはずなのに、時があの別れの日からやっと動き始めたかのようだった。
「そういえば…」
ふとディースが苦笑する。
「昔、にシロツメクサの花冠を作らさせられたな…と思って」
「え?!何、その私が強制したみたいな言い方…」
「強制させられたんだって」
「うー…」
ディースはに強くそう言うと、自然な青年の笑顔で笑った。
「あの日、義母さまがしていた冠が花を模ったものでさ。
はそれをかぶってみたかったらしいけど、挑戦しようとしたら怒られたんだよ」
はそこまで聞いても首を傾げる。
眉を寄せて、少し困ったような表情だった。
「ふふ、覚えてないか?
それで駄々をこねて泣いていたお前に、しょうがないから作ってやったのに」
「…あ」
その瞬間、の表情が光をさしたように明るさを増す。
「お城の近くの草原に抜け出して…!」
「…そう。二人で」
ディースは懐かしそうに微笑みながら、の頭を撫でた。
「その時のが言ってくれた言葉もはっきりと覚えてる。俺は嬉しかったからな」
「…え?」
急には動きを止める。
「おや、あの誓いは忘れてしまったのか…?」
「え、えっと、な、何か私…言ったのかな?」
申し訳なさそうには首を傾げた。彼女の上目遣いを含んだ視線にディースは優しく微笑む。
「…内緒」
「えー――…」
がずるい!というように眺めていたが、ディースはお構いなしだった。
「覚えていないが悪いな。…ふふ、残念だ」
「あ、ちょっと、お兄ちゃん!待って…っ」
こつんっと軽く額を小突いて去っていく義兄の後姿に必死に声を出したが、彼は止まってはくれなかった。
「…そろそろ戻らないとアオイくんに怒られてしまうからねv」
悪戯っぽく笑う姿はやけに遠い人のような思いを感じさせる。
なんだか別人になってしまったような気がはした。

(…あの時は嬉しかったのと同時に、戸惑うしかなかった。
たった一人の大切な妹。実の兄だと慕ってくれる可愛らしい妹…。
その存在の枠から見てはいけないと、ずっと自分に言い聞かせてきたから…)

『お兄ちゃん!見て!』

『お兄ちゃんが作ってくれた花冠、とっても綺麗なの!お母さまがしていたのと同じくらいか、…ううん、それ以上!』

『…ねぇ、お兄ちゃん、私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになりたいな』

『だって、私、お兄ちゃんが大好きなんだもの。…その時もティアラはお兄ちゃんがプレゼントしてね』



遠い過去の記憶は、面影は…そっと流れていく。
吹き抜けて、心を通り過ぎてはまた再び戻ってくる事はない。

小さな秘密の誓いは幻のように虚ろなもの。
あの鮮やかに輝いていた花冠がいつの間にか輝きをなくして、枯れ果ててしまったかのように。
しかし、想い出はいつまでも色彩豊かに…。

ただ、心の中で咲き誇っていく…。


こちらは53000番を踏まれたさゆらさんのリクエストです♪
リクエスト内容は、既存ヒロインレイカ。
お相手はディース兄。キーワードは『お城・花冠・誓い』でしたv
初め頭を悩ませていたのですが、ぱっと!思いつきましたよv
考えついた瞬間にはもうさらさらさらっと物語を描きました(笑)
少しでもさゆらさんが想い描いていたストーリーに近づいていればいいのですが…(遠い目)
気に入っていただけることを祈るばかりですv