【旋律】


「私は…」
(私は)
リリスの心に宿った蕾が小さく花開く。
「私は…二人の事が…」
(…大好き)
「…大好きだよ」


差し伸べられた二つの手をそっと取った。
それからヨーグルの方へ視線を向ける。
「ヨーグル…、ごめんなさい…」
小さな呟き。
ヨーグルの眉が動いて、彼はそれに答えるように笑った。
「…大丈夫。死なないさ」
瞳の輝きはいつの間にか戻ってきている。

「まぁ、迷惑かけたんだしな」
「…といっても、貴方のおかげで僕たちは出会うことができたんですけどね」

双子たちも笑ってから、ヨーグルにも手を差し伸べる。
「…ありがとう」
ヨーグルはそう呟きながらその手を取るのだった。



それから後のことはリリスはよく覚えていない。
リリスの怪我。バンバンの事。ヨーグルの事。
そして…。

全てが夢だったかのように、リリスは双子たちの家にいた。
リビングで待っていると、キッチンからコルチェが甘い匂いを発生するものとともにやってくる。
「うっわぁ〜、おいしそうなのだ!!」
そのコルチェの後ろを元気よく跳ねながら、バンバンが笑った。
「コルチェはすごいのだ!」
「ふふ、それはどうも?…あぁ、リリスさん、お待たせしました♪」
コルチェがリビングのテーブルに持っていたものを置く。
ハニークッキーとホットケーキ。それからローズヒップティー。
「あー。腹減った!」
コルチェとバンバンが席に行儀よく座った瞬間、ルシフェルが外から帰ってくる。
「お帰り…」
「あぁ、ただいま…リリスv」
ルシフェルらしいいつもの表情に微笑んだ。
「それじゃあ、早速…頂きましょうか♪」
コルチェの優しい笑顔。
「あ、ルシフェル。お前の分はありませんけどね」
「…てめぇ」
二人の口喧嘩。
其処にあるのは永遠に近い時間。
「えへへ、おねぇさん、よかったのだ!」
バンバンが満面の笑みを浮かべた。
「えぇ…。そうね」


バンバンはリリスとともに双子の家に住む事になった。
そしてあの日の出来事…収穫祭の日の出来事は町の人たちの記憶から抹消されている。
それは占い師レイがした所業。
不思議な事に彼自身もその日から姿を消していて、どこにも彼の消息はなかった。
それからヨーグルは独りで森の奥に立つ教会でひっそりと暮らしている。
それは彼の日常のままで…。


「…おや、ハニークッキーだね。一つ頂いてもいいかな?」
「?!」
「あ」
「…!」
「…ヨーグル」
リリスは小さく微笑んだ。
「やぁ…リリス」
冷たい音色はどこにもなく、人を刺すような視線はもうそこには存在しない。
「…いらっしゃい」

「…〜〜〜っ、いらっしゃいじゃねぇっ!!っていうか、お前、人んちに土足で上がるなっ!!」
「…えぇ。全く、その通り。…ヨーグル神父、お仕事の方は忙しくはないんですか?」
「あー。いや、全然だね」
二人の言葉にヨーグルはさらりと返す。
「…つーか、お前、よくもまぁ俺らの前に顔出せるな?」
「…まぁ、そう怒らずに。許してくれよ、うん」
「…許せるか!!」
ルシフェルが怒鳴ったが、ヨーグルには全然きいてないようだった。

「ん〜…。おねぇさん、バンバン、なんだか眠くなっちゃったのだぁ…」
「そう…?お昼寝しちゃう?」
「うん〜…」
バンバンがリリスに甘えたように抱きつく。
「…このチビっ!…くそう、こんなやつ、家に置くんじゃなかったっ」
「…ルシフェル、お前が一番うるさい」

コルチェの冷ややかな声が響いて物語りはゆっくりと幕を閉じる。
これからはただ笑い合える日々を。
永遠に限りなく近い幸せな日常を…。

旋律の詩はまだ序曲を奏で始めたばかりだから…。


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