『逆ハーレムのススメ!』
第三話・泥棒さん、いらっしゃい。ここは地獄の三丁目ですよ。




――こちらトロイです。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?

俺は最高に今、目の前の粗大ゴミたちの処理をどうしようかと悩んでいます。

「トロイー、酒…もっとないのー?」

「これは陰湿腹黒眼鏡魔道師。

「トロイー、肉ーっ!!」

これは筋肉馬鹿剣士。



……殺してぇ。



危うく目が据わり、目の前で散らかし放題の二人組みを抹殺しかけた瞬間…。
後ろからやってきたララ様が、俺の背中に飛びついてきた。
柔らかい肉の感触が、俺の背中の伝う。

驚いて目を白黒させていると、ララ様は俺の烙印に優しく撫でるように触れた。

         

「……ダメよ、トロイ」

それは甘い猫なで声。

「私の所有物に、所有物が手を出すのは禁止」

……くっ!
俺は苦虫を噛み潰したような表情でララ様を見た。
ララ様は気づいているはずなのに、そこには何も気づいていないかのように振舞う。
まるで悪戯好きな子猫のようだ。くるくるっと巻いているツインテールが余計に憎らしく見える。

「ララちゃん、トロイって料理美味いのな!俺、ララちゃんの下僕になって正解かも!」

てめぇに食わすために料理の腕を鍛えたんじゃねぇよ!!
俺は舌打ちをしながら、レッカを睨んだ。

気に入らないことに、俺のその様子が面白かったのか、ミコトが鼻で笑いやがる。

「何か?」

「いいえー?僕は何もー?」

かわい子ぶった声色で、ミコトは俺の睨みをスルー。
牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけ直すそぶりを見せる。わざとらしいやつめ…!

こいつら二人がこの館で、ララ様の下僕になって三日が経過していた。

そして昨日の朝、ミコトが少年というのに程遠い年齢であることが発覚した。
16,17歳ぐらいだと予想していた俺とララ様。

しかし、やつは30歳だった!

「違うよ〜、29歳だってば〜」

「うるせぇ。勝手に人の心を読むな」

もう一度、ミコトに冷たい視線を投げる。
やつは飄々とした表情で口笛なんかを吹いて、ごまかしていた。

そんな時……

ちょうど、レッカとララ様がデザートのアップルパイを口にした時……。

そう、そんな時だった。

例のアレが鳴ったのは。



『阿呆が来た――――!』



うん。
何回聞いても、この警報音が阿呆だ。

ララ様を見ると、大きな瞳が爛々と輝いている。
心なしか、ツインテールがぴょこぴょこ機嫌よく跳ねた気がした。

「トロイ!獲物が来たわ!!」

わかってますよ。

「うわー……、こんなところにノコノコやってくるやつっているんだねぇ〜」

おい、お前もだろ。

「……ん、宅配か?」

問答無用で、死ね。レッカ。

俺は大きく咳払いをする。
それから部屋にあったモニターの電源を入れた。
数個あるモニターの中から今望んでいる映像を捜す。

…ホール、中庭、天井裏……。

……あった。

ちょうど裏手の塀。
森からそこに入ってくる侵入者。
全身黒ずくめの男。



「「泥棒?」」

その場にいた全員がそう口に出した。
怪しすぎる黒装束。挙動不審な動き。……百パーセント、ビンゴ。

すぐにミコトが吹き出す。
珍しくミコトと気があった。俺も笑ってしまった。

レッカは俺とミコトの様子に合わせるように白い歯を見せている。
ララ様はまだモニターに注目していた。

「……それでは、この身の程知らずの客人に最高のおもてなしをさせていただきましょうか」

そう口にすると、ララ様はモニターから視線をこちらに向けてから、こくりと頷く。

魔王の娘の館へ泥棒に入るとは言語道断だ。
懲らしめてやらないと俺の気がすまない。さすがにララ様も同じ考えのようで……

「美形だわ!!本当にもてなさなきゃ!!!!」

……は?

「えっと、この館から追い出すのでは……」

「何言ってるの?!ヤンキー兄貴系の美形よ!下僕にするに決まっているじゃない!!」




……ヤンキー兄貴系ってなんですか。そんなジャンルがあるなんて初耳ですよ…ララ様……





――カツン……

「うわお。でっけー家」

館に侵入しての第一声はそれだった。

俺様はナイフの刃部分を舌なめずりすると、周囲の気配を調べる。
人の気配はしないが、誰かが住んでいる痕跡があるのはわかった。

窓から滑り込んだ場所は、廊下だった。
しかし、異様なぐらい物静かだ。

俺様の第六感が告げている。こいつは少しヘビーなんじゃないかってな。

だが、このアンジー様は優秀なドロボーさんだ。
一度入った家から何も盗まず逃げ出すってのはプライドが許さない。

だから、可哀想だが金品は奪わせてもらうぜ。

静寂に包まれた廊下を足音を立てずに進む。

俺様は完璧だった。

たまたま森の中で見つけた館。
漂ってくる金の匂いに引き寄せられて、俺様は館に侵入した。

盗めないものはない。

誰にも見つからず、金品を手に入れ逃げることはたやすい。いつもの仕事をこなすだけ。

……そのはずだった。

       




だが、廊下の突き当たりで俺様は急に襲われ、慌てて飛びのく。

そこには赤毛の男が仁王立ちしていた。真っ赤な鎧に、露出した腹は、見事な筋肉で割れている。

手には大剣を握っていて、先ほどそれで粉砕した壁を見つめながら、首をかしげていた。

「あっれー……?おかしいなぁ。当たると思ったんだけど」

男はぶんぶんと大剣を振り回す。
大剣は両刃になっていて、その重そうな巨体が空中を斬るたびに風を纏っていくのがわかった。
軽々とやってのけているが、この大剣はそんなもんじゃねぇ。

やべぇ。
正面からこんなやつと戦ったら、いくら俺様でもさすがに死ぬなー……

「……あっ?!」

俺様は大声で男の後ろを指差した。

「……え?」

案の定、男は指差した方向に振り向く。
この手の脳みそ筋肉男には、知恵で勝負するのが一番早い。

俺様はだっしゅで回れ右した。全速力で足を動かし、近くの部屋に入る。

そこで息を整えた。

しかし、それは一瞬だけだった。

――ドカーン!!

入った部屋の壁が物凄い爆音とともに破壊される。
何事かと思ったが、それが魔法によるものであることには、瞬時に気づいた。

「……あはは〜、逃げても隠れても無駄かな〜」

……子供?

無邪気そうな笑い声に、そう思ったのだが、すぐにそれは違うという声が、自分の中で広がった。

分厚い眼鏡をかけて、ぶかぶかのローブを着ている男は楽しげに俺様をみている。
それから呪文を唱えては攻撃を仕掛けてきやがった。

「……っ!」

身体を反転させ、光の球を避ける。
避ける度に、モノや壁が壊れていったが、やつはお構いなしだ。

「むぅ、ただの泥棒にしたらいい身のこなし〜」

眼鏡をくいっとかけなおす。

へっ、そりゃそうだろ!!
悪いが俺様はただの泥棒じゃない!

「聞いて驚くなよ」

俺様は、にやりと不適に笑い、両手にそれぞれダガーを構えた。
相棒たちはしっくりとした感触で俺様の手の中で、血を欲しがっている。

「俺様の名前はアンジー!!世界を脅かす大泥棒アンジー様だぁーっ!!」

「うるさいですよ」

――トス……

あ?
な、なんだ……?

眼鏡に襲い掛かろうと、地面を蹴ったのと同時に俺様はぐらりと揺れた。

首に何かの違和感を感じ、そのまま意識が朦朧とする。
視界の端で、見慣れない蝙蝠羽が蠢いた。
褐色の肌も見える。



だが、俺様の意識は完全にそこで一度潰えるのだった。





――これで一件、落ち着きましたかね。

俺はララ様に気を失わせた泥棒を受け渡しながら、ため息をついた。

確かにララ様の言うとおり、多少美形かもしれない。……もちろん、俺には劣るけど。

「しかし、後ろから襲うとかマジ卑怯ー」

「……」

「レッカ〜、僕たちも薬とかいう卑怯なもので下僕になったじゃん」

……この二人、本気で生ゴミ回収の日に捨ててきていいだろうか?

「ウーララフーム…、汝、契約せよ……!きゃあ?!」

「?!」

毎回の契約シーン。
ララ様が他の男と口付けなんてしているのを見たくないから、俺は目をそらしていたのだが、ララ様の悲鳴に慌てて振り向く。

ララ様はちょうどアンジーに押し倒されていた。



殺そう。


肉片が粉々ミンチになるまで、殴ってやる…!

「汚い身体を退けてください」

レッカが叫び、ミコトがニヤニヤ観察しているだけだったので、俺は俺はアンジーに迫った。

ララ様がアンジーの舌でバタバタと俺に向けて手を動かしている。
その動きは何か可愛らしかったが、それの上に邪魔者が乗っているままなので、俺はイラっとした。

大丈夫です、ララ様。今、助けますから。

「……あーっ!お前か!!」

俺の肌と背中から生えている羽を交互に見て、アンジーは笑った。

「……やってくれたよな」

「さぁ、なんのことでしょう?」

それよりも早く退け。
白々しく答えてやると、アンジーはニィっと口元にいやらしいほどの笑みを浮かべた。

「どうでもいいですから、ララ様から離れなさい」

「へー、この子、ララって言うんだ?でも、寝込みを襲ってきたのはこの子だぜ?」

「下僕契約してやっただけよ!!戯け者!!」

ララ様も口を開いた。

アンジーは一瞬『?』を浮かべたが、俺がまず烙印を見せ、レッカやミコトも渋々服を脱いで烙印を見せると、そこでやっと自分の胸元へ視線を落とす。

「な…なんじゃこりゃー?!」



……だから、下僕の烙印だっての。







ノーランドを離れてまだ一週間弱。

ララ様は下僕を三人も集めてきました。

……俺はこの先、一体どうしたらいいんでしょうか。




っていうか!!
一応、この物語のジャンルってラブロマンスだろ?!

ラブはどこだよ、ラブは!!




ただ、むなしい風が穴の開いた壁を吹き抜けていくだけだった……。




(続)

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