『逆ハーレムのススメ!』
第二話・やってきたのは筋肉剣士と腹黒魔術師?!




――今俺はすごく悩んでいました。


俺の名前はトロイ。
前回にも説明しましたが、魔王の娘ララ様の我がままにつき合わされている執事です。

さて、今の状況を軽く説明しましょうか。

目の前にネグリジェ姿のララ様が、布団を蹴っ飛ばし、枕の位置からして逆さまに寝ています。
ちなみにここはララ様専用の部屋。
朝食の用意が出来たので起こしにきたのですが、部屋に入ったらこの状況。

……棚から牡丹餅。
いや、違うな。期を待たずして向こうからやってきた感じ。
あぁ、あれだ。
カモネギまたは飛んで火にいる夏の虫……

とりあえずチャンスです。
想い人である彼女を欲望のまま襲ってしまうか、それとも優しく布団を被せ起こしてあげるか…



……



……襲おう。



言っておきますが、こちらも健全な男子。
据え膳食わぬは男の恥ってもんです。

「そう、貴女が悪いんですよ。ララ様…」

無邪気に俺を誘惑するから……

唇を眠っているララ様の顔に近づける。
その瞬間……


『阿呆が来た――!』


この警報音が阿呆だ。
俺は何もない空中を睨みつける。警報音が鳴るのと同時にララ様が飛び起きた。

「私の兵隊がやってきたのね!!」

「…まだ美形とは決まっていませんよ」

しれっと返してやると、ララ様は不服そうに俺を睨みつけてから、ネグリジェ姿で仁王立ちになる。

「美形よ!
美形だと、私の乙女の勘が叫んでいるわ!!」

……乙女の勘ってなんだ。

「……というか、トロイはここで何をしているの?」

…ぎくり。
さすがにララ様も不審がるか。

「さっさとお客様を持て成す用意をしなさい?」

…ララ様はカバだ。

「了解しました」

カバで馬鹿なララ様に俺は渋々と首を縦に動かすのだった。
……くそ、邪魔した阿呆はどんなやつだ!!





――本当は夢の中にいたいという気持ちもあったのだけど、私は警報音を選ぶ。
『魔族世界征服(美形逆ハーレム)』計画を実行するために人間の国に紛れ込んだのだ。
ここで動かないと意味がない。
魔王の娘ララ。
この名前にいずれ世界は平伏すのよ!

「……記念すべき一番目の子羊ちゃんは〜」

二階の窓から警報音が鳴った庭を覗く。
そこには二人組みの冒険者風の男がいた。

「レッカ、この館…勝手に入っても良かったの?」

「しょうがないだり、道に迷ったんだから…。人が住んでたら尋ねればいいじゃん」

「いつもそうじゃん。あーあ。可哀想な僕〜」

…なんだか余裕?
平然と二人組みは庭を通過し、館の扉を叩いた。
遠目では判らないけれど、なかなかの好物件な気がするわ。

「トロイ、いきましょうか。そうね、作戦Bがいいわ」

「…作戦皆殺しがいいです」

「…トロイ」

私はにっこりとトロイに笑顔を向ける。
彼はチッと舌打ちをすると『へーへー』と言って、部屋から出て行った。
私もすぐに服を着替えなくっちゃ!!





――背中に突き刺さるのはミコトの冷たい視線だ。
……つか、しょうがねぇよなー。俺、方向音痴だし。

えぇっと、冒険者ってのを生業にしている俺たちは、常に旅をしている。
最近は便利になったもので、ギルド登録制みたいになっていて、依頼を受けたら報酬ももらえるから収入には困らない。が、冒険者ってのはいつの時代でも過酷で辛いものだ。

「何が過酷で辛いだよ!僕たちがいつも苦境に追いやられるのは、どっかの誰かさんが方向音痴な上にすぐに騙されるお人よしだからだろ!」

『がつん!!』

「心のナレーションを読むな!!痛ぇし!!」

ミコトは牛乳瓶の底か?ってくらいのレンズの眼鏡をかけている。
だけど、俺にはその向こうにある猫目が、ひどく釣り上がっていることがわかった。
ミコトはぶかぶかのローブの袖を揺らしながら、巨大な杖を俺に向ける。

「レッカ、誰か来た」

「おう」

俺たちは毎回の事ながら道に迷っていた。
そして深い森の奥で見つけた館。
怪しいといえば怪しかったが、水も食料もなくなりはじめている俺たちには構っていられない。

「旅のお方、どうかされましたか?」

館の扉はそう言って開かれた。





――驚いた。

館の扉を丁寧に開けてやった瞬間、魔術師らしき眼鏡が俺の心の中を見ようとしてきた。
慌てて術を遮断したが、この二人組みは間抜けな冒険者ってわけじゃないらしい。

「…トロイ、どなたかいらしたの?」

ふいに背後からララ様の声が聞こえた。

作戦Bはこう。
ララ様は身体の弱い深窓の令嬢。
俺はその執事(いつもと一緒ですけどねー)
身体を休める為にこの別荘に滞在中で、冒険者たちには誠意を尽くして接する。
で、やつらの警戒が解かれたときに契約をしちゃいましょうってことだった。
…まぁ、ララ様が深窓の令嬢に見えるかってのが問題だが……

「か、…可愛い…」

隣で赤毛の剣士らしき男が、奥から現れたララ様を見てすぐに反応を示す。
確かに可愛い方だとは思うが、何もそこまで……

「……っ」

ララ様の姿を見て、思わず絶句してしまった。
トレードマークのツインテールはなく、銀髪はふわふわと腰まで流れている。
…ちょ、ララ様?!
俺はそんな可愛い姿、今まで見たことがありませんでしたよ?!
ドレスも広がりを抑えた紺色のもので、清楚な印象を与えていた。

「確かに…美少女」

「…ララお嬢様です」

魔術師の台詞に現実を取り戻しながら、俺は精一杯作戦の執事を演じる。
ララ様の可愛い姿を独占したいという悔しさを噛みしめながら……

       

――ふふ、作戦は順調みたい!

私は心の中で笑った。
皆、私が身体の弱いお嬢様って思い込んだみたいだったもの。
それに一番楽しかったのは、いつも偉そうなトロイが面食らった顔をしたときね!
すごく愉快だった。

今冒険者の二人組はそれぞれに部屋を与えてあげたので、ゆっくりしているはずだ。
剣士で体格のいいほうが、名前をレッカ。
私と目が合うたびに顔を赤らめるから可愛い。
もう一人の魔術師は名前をミコトというらしい。
表情がわかりにくいほどの眼鏡をかけているから、どんな顔をしているのかよく見えなかったけど、私の乙女の勘が断定している。…ミコトは美少年だと!!

「自分の世界に入っているところ、悪いんですが…」

「なぁに?」

「夕食の用意が出来ました。…作戦の最終段階に入ります」

面倒くさそうな声に私は大きく頷く。
そう、私の大切な下僕がもうすぐ出来るんだわ!
口元に笑みが零れた。






――だから僕は警戒しろって言ったんだ。

夕食だと、褐色の肌の執事に呼ばれ、僕とレッカは豪勢な料理が並ぶ、食卓に座った。

「お客さんって久しぶりだから…トロイったら、こんなに作ってしまって」

よく出来た芝居。
小さく笑う仕草は、本当に可憐だった。
まぁ、隣のレッカは信じきっていたみたいだけど。…僕には通じない。

「ふん、睡眠薬が効いてきましたね」

執事の声がそう言った。
隣では馬鹿レッカのいびきがほんきで本気で聞こえてくる。

あ〜イライラする!
こいつは何回騙されれば気が済むんだ!!

「ララ様、今のうちに契約を」

「…えぇ」

ララが寝たフリをしている、僕の手首を掴んだ。
深窓はまだわからないが、何か契約をされるらしい。
変なオカルト宗教か?……冗談じゃない!

「…はぁっ!」

身体をくるりと回転させ、僕はララを後ろから羽交い絞めにする。

「きゃ…」

「…っ、ララ様っ!」

執事トロイも動揺したのか、顔色が蒼白になっていた。

「って、その羽…!魔族か?!」

トロイの背中には黒い蝙蝠羽が生えている。

「だったらどうしますか?
…早く汚い手をララ様から離してください」

「やだなぁ。
話した瞬間に僕を殺る気でしょう?」

ちらりと腕の中のララを視界にいれる。
どうして僕は気が付かなかったんだろう!
雪のように白い肌。紅い瞳。そして銀髪。
…人ではありえない美貌。

「魔族って人間食べるの?」

「食べませんよ。誰がお前たちみたいな臭い生き物を」

「…あ、そう。…ララ?ララは僕に何の契約をしようとしてたのかな?」

執事の方はダメだ。
そう思った僕は、ララの耳元で囁いてやる。
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、小さく呟いた。

「…ウーラ…ラフーム…、汝、契約せよ!」

「…っ?!」

眩しい光が僕の視界を奪う。
それと同時に自分の唇に柔らかい感触を感触を感じたのだった。






――面白くない。

「ウーララフーム…、汝、契約せよ!」

ララ様から光が溢れて、眠っているレッカに顔を近づける。
ララ様はレッカとキスをした。
だから面白くない。
初めから判っていたことだが、大変面白くなかった。

「…ん」

レッカが目を覚ます。
俺敵には一生永眠してくれていた方が、あり難かったのだが。

「…俺、何を」

「お前が間抜けなせいで散々だよ!」

起きたレッカにミコトが文句を言う。

「……はぁ?」

まだ状況が掴めていないレッカは、頭の上に?をたくさん浮かべていた。
だが残念ながら、首元にはララ様の下僕である証拠になる刻印が現れ始めている。

       

「それじゃあ説明するわね」

いつものツインテールに戻したララ様が柔和な笑みを浮かべていた。

魔族世界征服+逆ハーレム計画。

ミコトは爆笑しながら『へぇ、面白そうだね。馬鹿らしくて』とか悪質な笑みを浮かべているし。
レッカの馬鹿は『ララちゃん、可哀想』と、お前はどういう話の聞き方をしていたんだとつっこみたくなる台詞を吐いている。

「ララ様、今からでも遅くありません。もうノーランドに帰りましょう?」

「何言っているの?
今始まったばかりじゃない!!」

……あぁ、無情だ。
レッカは明らかにララ様に惚れたようだし、ミコトは俺と同じにおいのする種類だとみた。

「…あぁ、わかった!」

ララ様は悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺に抱きつく。
それから呆然としている俺の唇にキスを降らした。

「…拗ねちゃダメよ?私のトロイ」

…騙されたらダメだ!
俺は判っている。
あれは『私の(下僕である)トロイ』ってことなんだ!!

あぁ!

ですがララ様、ズル過ぎます!!

つか馬鹿二人さえいなければ、押し倒して男にそういうことをしたらどうなるか教えてやったのに!
俺はがくりと肩を落とすと、広間の窓から見える夜の闇を見つめた。
きっと俺にとって、もっと大きな苦労が待ち構えていることだろう。
…なんだか酷くそんな予感がする。
まぁ、実はそんなことを考えていても、それは脳裏に過ぎるくらいなもので。
今脳の中の大半を占めているのは…

『今日こそ夜這いを成功させてみせる』

という哀しい男の性だった……。

(続)
 

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