プロローグ

 ティグ・ナルク―そう呼ばれている世界の話。

 別に英雄騎士の話があるわけでもない。伝説の勇者が世界を救った話が存在するわけでもない。この世界に聞かせられる話があるとすれば、何人もの人間の男に犯された女神の話だろう。

『女神が人間の男たちに汚された。女神は泣き崩れ、この地に涙の粒を落とした。それが河となり海となり、今の世界はできた』

 誰が作ったのか判らない。だが、この話は世界中で語り継がれていった。それは世界の現状を語っていた為でもある。実際にティグ・ナルクは約五分の四以上が海で覆われていた。その為か、海賊という職業が普通に認められている。『無いのなら奪え。奪われるなら殺せ』これも、この世界に存在する有名な言葉だろう。この言葉を言ったのは、この世界唯一の有力者―アイゼンガルドだ。冷血のアイゼンガルド。その名を聞いて、腰を抜かすものも少なくは無い。

彼は元々は海賊だった。幼少の頃から、人のものを奪って生きてきたアイゼンガルドが海賊になるのは至極当たり前の事だった。ただ、彼が他の海賊達とは明らかに違った事。それは彼の貪欲なまでの独占心と屈辱的な幼少時代を反映した大いなる野望。

『俺以外は家畜だ。俺に逆らうものがいるなら俺の首を取ればいい。ただし、その前に朽ちなければいいがな』

アイゼンガルドが行った事は、悪魔の所業に近かった。この世界で一番土地が広がっている場所を自分の作った海賊達で占領し、そこに巨大な要塞を建てた。彼は体力だけのみが秀でているだけではなく、誰よりも頭も良かったのだ。アイゼンガルドは略奪を繰り返し、世界中の若い女たちを自分の要塞に閉じ込めていった。少しでも抵抗するものがいれば、容赦なく、殺していき、若い女の中でも美しいものたちは彼の傍に置かれた。そうアイゼンガルドの仲間にならなければ、若い女も与えられる事は無い。つまりアイゼンガルドに反発する男たちは、自分たちの子供を残す事は出来ない状況を作られていた。上手く彼らから逃れた女もいるが、それは極少数である。力も智恵もないものたちは、ただ…それに従うのみだった。

『無いのなら奪え。奪われるなら殺せ』

「じゃあ…殺してやる。」

いつだったかは判らないが、一人の少年がアイゼンガルドに恋人を奪われ、そのままその恋人が目の前で殺された時にそういっていた。もうそれも遠い過去だったような気がする。いつの間にかアイゼンガルドがそうしてから十年が経過しようとしていた…。


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