【言霊】


リリスは軽い頭痛を抑えながら、街の中を歩いていた。
独りで歩く街の中はコルチェとルシフェルと一緒に歩いた時よりも狭く感じた。
そしてそれは魅惑的ではない。

まるで二人と出かけた時は、二人が見せている夢の世界だとさえ感じた。
甘い香りも目を奪われる光もそこには存在しない。

(二人といた方が楽しいだなんて、…不思議ね)

小さな笑みを浮かべながら、リリスは小さな公園へと足を伸ばす。
街の中を歩いていても何も思い出す気配はなかった。
諦めたように公園のベンチに腰をかけると、彼女は公園にいた子供達へと視線を向ける。
生き生きとした表情の彼ら。
眩いばかりの笑顔たち。

リリスはひどい頭痛が自分を襲うのを感じた。
目を覆う全てのものが闇であれば、その苦痛も少しは和らいだかもしれない。

(…この痛みは、どこからくるんだろう…!)

目覚めた瞬間から付きまとう頭痛に嫌気が差してきていた。
苛立ちにも似た溜息ばかりがリリスの口から吐き出される。
「…おねえさん、大丈夫なのだ?」
突然、聞き覚えのない音色が彼女にかけられた。
「……え」
リリスは苦痛に表情を歪ませながら、その音色の主に顔を向ける。
まず燃えような赤い髪が目に入って、それから大きな金色の瞳と視線が絡み合った。
「…大丈夫?」
呆然として自分を見つめているリリスに小さな彼はもう一度言葉を投げかける。
赤い髪の少年の言葉にリリスは首を微かに縦に振った。
「…そう?」
もう一度少年が首をかしげながら、リリスに問う。
リリスは彼の瞳の中に映っている自分を眺めながら、今度は大きく首を振った。
大きな金色の瞳の中に吸い込まれそうだった。
「ふーん。なら、いいのだ!」
少年は少しだけ訝しそうだったが、リリスをじっと見つめてから、納得の表情を浮かべる。
それから彼女の隣に腰を下ろした。

静かな沈黙が二人の横を流れる。
「…君」
リリスはその沈黙に可笑しくて、少年を見つめた。
「君、名前なんていうのかしら?」
その言葉にくりくりの瞳が大きく輝いた。

「バンバン、…バンバンはバンバンっていうのだ!」

小さな煌きがそっと二人の上を流れた気がした…。


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