【展開】


コルチェはそっと部屋の中の様子を視界に入れてから、自分の額を抑えた。
それから壁にもたれかかるようにしながら、軽く溜息をつく。

(…悪い冗談っ)

廊下に自分の足音が響かないように細心の注意を払いながら、コルチェは自分の部屋へと向かった。
自分の胸を誰かの手が鷲掴みにしているような感覚。
脳裏に何度も過ぎる二人の姿が彼を苦しめる。

(…いつの間に僕は)

コルチェの唇が微かに動き、何か言葉を紡ごうとしていた。
お守を自分に渡す女性の優しい笑顔が紅く染まっていく。
思い出せないような遠い昔の映像。
そこに黒い翼の少女が現われて、幼き自分に手を差し伸べる。

しかし、その手をつかめるのは一人。
たった一人。

横で自分と同じような顔をした少年が苦しんでいた。
母親の死を受け入れられない自分とは違い、受け入れ泣いている少年。
コルチェだって、素直に受け入れる事ができるなら受け入れたかった。
だけど…
コルチェは彼女を心から愛していたから…

黒き翼の少女の笑みが、悲しそうに歪む。



「リリスさん…」



静かな闇の中でコルチェは唇を噛みしめた。

明日は年に一度の収穫祭。
鈴の音が今はもう聞こえなかった…。




小さな鳥篭に向けて、ヨーグルは妖しい笑みを浮かべた。
鳥篭の中には一枚の黒い羽がある。
「…ふふ、もすうぐ…君は僕の手の中だ」
妖艶な眼差しが羽を射止めた。
瞳の中に映っているのは、現実にはない映像。

「ねぇ、楽しみでしょう?
…君にもしっかり見物してもらいますよ」

空虚な空間に投げられた言葉。

「…うぅっ」

その言葉に返答するように小さな影が部屋の隅で蠢いた。
バンバンだった。
赤い髪の間から出た大きな狼の耳。
手足は毛むくじゃらになり、肉球を持つ手の平へ。

すの姿に苦悩するかのようにバンバンは一声小さく鳴いた。


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