【制限】
「リリスさんっ?!」
「リリス?!」
二人の心配そうな声がリリスの脳裏に響き渡り、壁に反響していくように大きな波紋を広げていく。
突然の目眩。頭痛。そして――…
その瞬間、時が止まったかのようだった。
リリスの背中から黒い翼が姿を現し、彼女の金色の髪が大きく空中を舞う。
零れ落ちていく黒き羽。
収穫祭というお祭りの雰囲気が一気に凍りつくようなものに変わった。
(…あぁ、私…思い出した…。私は――)
「よ、妖魔リリス…?」
興味深々の子供の声が恐れを知らずにそう言葉を漏らす。
辺りにいた大人達も悲鳴に近い声で同じ言葉を繰り返した。
「…可哀想に」
リリスは周囲を囲み、恐怖心で自分を見つめている人間達に哀れみの感情を込めて呟く。
「…リリスさん、待って…っ!」
大きく翼を広げ、そこから飛び立とうとしたリリスにコルチェが声を張り上げた。
ルシフェは彼女の手を掴む。
(…やめて)
周囲の人間達の視線を気にしながら、リリスは眉間に皺を寄せた。
(これ以上、私に関わっていたら…私の側にいたら…っ!)
記憶が戻っても、記憶がなかった時の自分も覚えていた。
リリスは辛そうに二人に瞳を向ける。
(記憶のなかった自分を忘れていたら、どんなに…)
気にすることなく、この場から去れたし、人を簡単に殺す事だってできるのに。
リリスの頭の中に物騒な考えが浮かんでは消えていく。
「おやぁ…。どうやら…、ちょうどタイミングがよかったようですねぇ」
感情の起伏のない声がのんびりと響く。
周囲の人間達の表情に恐怖心が少し消えていった。
「ヨーグル神父…」
コルチェが彼の姿を視界に入れる。
(…ヨーグル…)
リリスは記憶の中の彼を探っていった。
(あの男は私の事を知っていて…!)
優しい笑みは嘘の塊。
リリスが記憶を失うぐらいに傷付いたのはヨーグルのせいだった。
全て。
「…皆さん、これは私が用意した余興なのですよ」
笑顔を浮かべる神父に他の人間達は安心する。
「この妖魔リリスは、既に私の使い魔となっているんです。
…ふふ、コルチェにルシフェル、使い魔の散歩に付きあわせて悪かったね」
「あんた…、何言って…」
ルシフェルがヨーグルに言葉を投げかけようとした瞬間だった。
「きゃあああああぁっ!!」
リリスの悲鳴が響き渡る。
彼女の首に変な模様が浮かび上がり、それが首を一周して、首輪のようなものに具現化した。
「…り、リリスさんっ」
慌ててコルチェが側に駆け寄る。
周囲の人間達の不審な表情。
「コルチェ…、君たちはどうやら本物の馬鹿だったようですねぇ?」
馬鹿にした笑いが一歩一歩近づいてくる。
ずっと、リリスは彼の手の中に掴まれていたのだろう…。
ただ感情という制限のできないもの以外は。