【吉兆】


二人の生気を大きく吸い込み、リリスは自分の黒い翼を少しだけ眺めた。
それから、二人に少しだけ微笑む。
双子たちもその微笑みに優しい笑顔を返してくれる。

(…二人が私の正体をしっていたなんて)

心の中で小さな女の子が泣くのを止め、じっと暗闇を見ている。
それは臆病な過去の自分の欠片…。

グルル…っ
リリスは視線を憐れな少年に向けた。
鋭い光を放つ牙から、そっと唾液が地面へと零れ落ちる。
「…リリス」
その彼の後ろでヨーグルが苦笑を漏らした気がした。
ヨーグルの手がそっと上にかざされる。
「…くっ」
飛び掛ってきたバンバンを避けて、リリスは軽く跳躍した。
少し離れた地面へと下りる。
その辺りにまだ残っていた見物客達が悲鳴を上げて逃げ出した。

「…可哀想にっ」

バンバンの姿をもう一度眺めてから、リリスは表情を険しくする。
バンバンの首下に光る首輪が痛々しく、彼の心をも縛り付けているのだ。
グアアッ…!!
バンバンが大きく口を開き、リリスの腕に噛み付いた。
リリスの腕から、赤黒い血が零れ落ちる。
「…リリスさんっ!!」
「リリスっ!!」
コルチェとルシフェルがほぼ同時に叫んだ。

彼らに答えるようにリリスは微笑む。
そして、噛み付いて離れないバンバンをぎゅっともう一つの腕で抱きしめた。
小さな彼の身体はすっぽりとリリスの腕の中に包まれる。
「…バンバン」
リリスには似合わない程の温かい音質の響きだった。

牙に込められた力が、少し緩んでいく。
バンバンの首輪の色も微かに薄くなった気がした。

「くっ!…暗黒なる…精霊の…」
それを見たヨーグルが呪文の言葉を綴っていく。
毒が溢れていく…。
(何故だ、何故…っ?!何故君は―――っ)
ヨーグルの頭の中で言葉が繰り返されていた。

「う、うああああっ!!」
バンバンが悲鳴を上げる。
「…ダメっ!」
バンバンの瞳の色が、また妖しく光り始め、身体が暴走を始めていく。
リリスは全身の力をこめて、彼を抑えようと抱きしめる。
コルチェとルシフェルはお互いの顔を見合わせて、それから背後の人影に気づいた。

「…っ!レイ?!」
ルシフェルが驚愕の表情を浮かべて、悪友の姿を確認する。

「あぁ〜…、全く…少し出遅れちゃったかな〜…」

いつも通り間延びした口調で、レイは艶っぽい笑みを浮かべた。
「…まぁ。真打ちは後から登場するってものでしょ〜?」
軽く瞳を片方閉じてから、レイは長い髪を掻きあげる。
そうして、やっと騒ぎの中心にいるヨーグルに愛想笑いを浮かべた。


「…憐れな神父殿、初めまして〜…。
愛に捕らわれし、貴方に…真実の過去を思い出させてあげましょう〜。
…リリス、貴女にもね〜…?」


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