【異端】
彼はぼぉっと空を見上げていた。
なんだか不思議な色だ。
赤くて紅くて…
まるで鮮血の海のような空。
「バンバンは…バンバンなのだ」
その紅色の空に向けて小さな呟きが吐かれた。
小さな影はそっと瞼を閉じる。
大きな金色の瞳が閉ざされた世界で何かを見る。
それは自分の瞼の裏。
だけど、それは世界の終わりに見る残像。
いつの間にか彼の周りからは仲間は去っていた。
ずっと一緒に育ってきた幼なじみも。
自分を育ててくれていたはずの母親さえも。
何もかも。
それからいつの間にか彼は夢を見るようになった。
自分と酷似した姿を持つ人間への憧れ。
そう、彼は人間じゃなかった。
彼の仲間たちもそうだったし、彼もそのことには疑問すら抱いていなかった。
だけど、己の姿が人間達に畏怖を与えている事ぐらいは感じていた。
そして…それは仲間からも。
彼は異端だった。
突然変異の魔物。
仲間たちの持つ、大きな獣耳と鋭い牙。
だけど 彼はそれを持ちながらも別のものも持っていた。
愛らしいほどのふっくらとした滑々の肌。
獣たちが持つ、毛の生えた鎧を彼は持っていなかった。
いつしか彼の傍からは誰もいなくなっていた。
「ねぇ、かあさま…バンバンは…バンバンなのに」
誰も答えない呟きをもう一度空に投げかける。
紅い衣を纏った太陽が答えるはずもない。
肉球のある自分の手の平と足の裏を見ながら、彼は寂しげな表情を見せる。
「どうして、お前らはそこにあるのだ?…どうして」
世界からはみ出された小さな存在。
この世で一番不幸な生き物。
彼の影はゆっくりと動いて、頭や手足に精一杯布を巻き始める。
そう彼の金色の瞳は死んではいなかった。
それが彼の唯一の救いだったのかも知れない。
光は道標を見失うことなく進んでいく。
小さな世界の端っこで必死に掴んで離さなければいい。
「バンバンは、バンバンなのだ…」
真っ直ぐな瞳は睨みつけるようにもう一度空を仰いだ。